宮城県角田市にある、曹洞宗・長泉寺です。いち早く環境ISOを取り入れ、環境活動を推進しています。

 
    いま我が国は、少子高齢化・多死時代の真っ只中にあります。少子高齢化・多死時代は、人口問題に直結しています。角田市を例にとってみますと、1958年(昭和33年)の市政施行時に約3万6千人であった角田市の人口は、いまでは2万7千人を割り込む状況となっています。(令和6年4月30日現在、人口総数26,707人)実に市政施行時から約4分の1の人口が減少したことになります。
 
 
    他方、多死時代に眼を転じてみると、私が学生時代から関心を寄せていた音楽家や俳優の訃報に接することが最近多くなり、とても寂しく、また残念に思っています。亡くなった方々は、皆なそれぞれにそれなりの年齢に達しているので、仕方のないことと言えば仕方のないことなのですが、やはり悲しく思うとともに無常なる時の流れを感ぜずにはおられません。
 
    いつまでも若いと思っていた私も今春、古稀を迎え感慨深いものがあります。
 
    
今までは 人のことだと 思うたに おれが死ぬとは こいつたまらん。

(太田南畝)。

 
 
    このようなシャレた心境にはまだ至っておりませんが、 「諸行無常」を念頭に、自分の身辺をたえず見つめ直してみたいと思っている昨今です。
 
 
毎日はつらつと登園して来る幼稚園の園児を見ていると、自然と元気が湧いてきます。「諸行無常」であるからこそ、はつらつと今日も楽しくも頑張っていきましょうと園児さんからは教えてもらっているかのようです。願わくは角田市に子育て世帯がどんどんと増えて、活気ある角田市になりますようにと願わずにはおられません。

 合掌

 
 
 

長泉寺住職
 

 
    今年は1月1日の能登半島大地震に始まり4月19日の愛媛県南予地方・高知県宿毛市等を襲った震度6の地震に代表されるように、日本全国各地で地震が頻発しています。世界的に見ても台湾の大地震をはじめ震災被害の報道が相次いでいます。地球は大きな地殻変動の時代に入ったのでしょうか。
 
 
    さて、当長泉寺は2011年3月11日に発生した東日本大震災で大きな被害を受け

ましたが、お檀家の皆さまをはじめ多くの方々の力をお借りしてようやく修復の道筋をつけ(or終え)、あわせて念願の臥牛門の再建も果たし得てやれやれと思っていた矢先、一昨年(2022年) 3月16日深夜の福島県沖を震源とする大地震(震度6強)により再び大きな被害を余儀なくされてしまいました。その折の私の意気消沈した思いは、「復旧に向けて(2022年年5月20日付)」でも記させていただいたところです。

 
    とりわけ、お寺の表玄関である「山門」の被害は甚大で、応急措置として鉄骨で諸方向から「山門」を支え、倒壊を防いでおりました。以来、この2
年間ずっと修復のことを考えておりましたが、このところの頻発する大地震に鑑み、現在の時点で修復してもという思いと、そして何よりも倒壊の危機が回避されるという思いから、このほど断腸の思いで修復を断念し、解体することを決断、実行いたしました。

 
    正面6メートル、側面3メートルからなる薬医門様式の「山門」は、もともとは天保7年(l836年)に高倉村の旧家太田家の門として建てられたもので、のちに角田城主である石川氏によって長泉寺に寄進されたものと伝えられています。この「山門」は、明治元年(1868年)の火災からも免れ、移築当時そのままの姿をとどめ、長らく長泉寺の表玄関の役割を果たしてきました。
 
 
    いつになるかわかりませんが、さまざまな条件が調ったら、
再び『高源山』の扁額を掲げた「山門」の再建を果たしたいと念願しています。皆さまのご理解と引き続きのご支援をなにとぞよろしくお願い申し上げます。

 
 
祖父(四十世中興乾外説宗大和尚)命日の日に
 
 
 
 

長泉寺住職
 

    おはようございます。
    時間が経ってしまいましたが、先日(2月23日)「かく大学2023の最終報告会」が開催されました。これは、角田市が町おこしの一環として推進している令和5年度の次世代育成事業の一部で、そのうちの「かく大学2023利他から始める未来学部」が昨年、長泉寺で行われました。10名以上の方々が参加され、参加者は大学生から会社員、自営業の方に至るまで多種多様でした。私はゲストとして招かれ、「利他」に関するレクチャーを行う立場で参加しました。
 
    
レクチャーする前に参加された方々へ「利他」とは何かと問いその思いを聞いてみましたが「野菜をあげるとお菓子がもらえる」「農家の手伝いをすると作物がもらえる」等の声がありました。が、本来今回のテーマである「利他」とは、他者のために何かをするという概念または行動で、自分自身の利益よりも他人やコミュニティ、社会全体の利益を優先する考え方を指します。具体的な例としては、ボランティア活動、寄付、公共財への貢献などがあります。これらは自分に直接的な報酬がない場合も多いですが、他者や社会に良い影響を与えるとされています。
 
     仏教においても「利他」(または他利)は、非常に重要な概念の一つです。仏教の教えは、自己と他者、すべての生き物が繋がっているという基本的な見解に基づいています。この観点から、他者を助ける行為は最終的には自己を助ける行為でもあり、その逆もまた真であるとされます。
    仏教における利他は、「 慈悲 」と密接に関連しています。
慈悲は、他者の苦しみを理解し、その苦しみを和らげようとする心の状態を指します。多くの仏教の修行(曹洞宗では、日常の生活を、自分自身を活かす修行と捉え、感謝と喜びの心で、一日一日を丁寧に生きることを大切にしています。 そのため、挨拶、掃除、調理、食事、洗面、入浴からトイレの作法にいたるまで、日常生活のすべてを修行と捉え、坐禅の心をもととして行動することを教えの基軸としています)は、このような慈悲心を培うために行われます。(正法眼蔵第一・現成公案)仏教における利他とは、自分と他者が一体であるという観点から、他者の幸福と解放を目指す精神的な姿勢や実践を指します。これは仏教が提供する道徳的・倫理的な指針の核心の一部と言えると思います。
 
    このような観点から「利他」を理解してみると、個々の行動がコミュニティや社会全体にどれほどの影響を与えうるのかがより明確になります。仏教の教えが示す「一体性」と「慈悲」を日常生活に取り入れることで、より豊かな人生や社会が築けるものと確信しています。
    失礼しました。
    ※利他の対語は利己です。「利他」の反対の意味を表す「利己」を使っ た「利己主義」という言葉は聞いたことがあるでしょう。 自分だけの利益を優先するとい う考え方です。
 
 
 

長泉寺住職

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