宮城県角田市にある、曹洞宗・長泉寺です。いち早く環境ISOを取り入れ、環境活動を推進しています。

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平成26年3月12日(3年目の3月11日)

   おはようございます。
   3月11日は今年で3年目を迎えた東日本大震災追悼の日です。長泉寺でも犠牲になられた方々の慰霊の法要をさせていただきました。。
   震災が発生したその日、私は岡山県矢掛町にある洞松寺専門僧堂において研修中でした。午前中、岡山テレビの取材を受け、どうして修行するのですか?とか坐禅は何のためにするのですか?と言うようなリポーターからの質問に大きな災害が間近に迫っているなどとは露知らず、呑気な返事で話をしていました。


   そして昼食をはさんで、午後から瑩山禅師の『伝光録』の一章を研修員の前で話をし、ホットひと息ついたところに自坊からけたたましい突然の電話があり、とにかく大きな地震が起きて家中大変な事になっている、一刻も早く帰ってきて欲しいと言う悲鳴的な電話を受けました。直後より電話は不通。東北の状況が分かりません。けれど、洞松寺にはテレビもラジオも無く、取材のテレビ局もさぁ大変とさっさと帰り、ようやく近くのお寺でテレビを見せられ大津波の様子に愕然。しかし、暗闇に向かって帰るのは危険と判断し、寝れぬ夜を過ごして翌12日の新倉敷発の朝一番の新幹線で東京に戻りました。着いたのは午前10時頃です。
   そうしたら東京駅はもう大変な人でごった返しをしております。東北新幹線も止まったままです。ただ一つ宇都宮線が走っており、電車は200%位の超満員ではありましたが、ためらうことなく私はそれに乗り込み、発車まで2時間ぐらいそのギュウギュウ詰めの電車の中で待ち、それから4時間ぐらいかけて埼玉の久喜までやって来ました。
   そこで電車を降り、ご本堂を作っていただいた鵤工舎さんの会社が栃木の塩谷町にあるものですからそこに電話をして車で久喜まで迎えにきていただいて、そして久喜から四号線を北上して角田に着いたのが翌13日の朝4時頃だったと思います。
   これが私の震災の体験です。ですから、本年も大震災の3.11の日になって家族の者たちが当日は大きな揺れで死にそうだったとか、お寺の建物もみんな駄目になると思ったとか、そういう話をしてる時には、震災に遭遇してないのですから私はうつむいて話を聞くだけです。
   さて、震災時その電車の中で驚いたことは、鮨詰め状態の車中でも酒好きな人は、いわゆるワンカップを開けて飲んだり、焼酎を飲んだりして「じたばたしてもしょうがないんだ」というようなことをわめいたり、何かの団体の方でしょうか、我々のチームはどこそこにいって活動するんだと自分たちの組織の支援についてPR的に打ち合わせをするグループを見かけた事です。
   危機的な状況の中にあっても色々な人がやはり世の中にはいるのだなぁということを私は震災の時に勉強しました。


   また、あの時、被災地では食料品や生活品等の物資が瞬時になくなるということを素早く察知していれば乾電池だとか水とかもっと持ち帰ってあげられたと手ぶらで帰ってきたことが本当に悔やまれてなりません。とにかく、 1分でも1秒でも早く家族の元にという気ばかりが焦って帰って来てしまい、大事な時に私はいつもぼんやりとして何の役にも立たないなぁとつくづく反省した次第です。
   近頃は、災害に備えて防災グッズや非常袋を用意される方が多くなってきましたが、いちばん用意しなければならないのはどんな状況の中にあっても冷静な判断が出来る心です。自分だけが先に助かればと言う気持ちではなく、他の人の安全を先に考える「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」の心を常に忘れないことです。
   そしてこの心は頭だけの理解では育ちません。和合の社会の中での人と人との関わりからしか体得出来ません。私たち僧侶が自らを灯火として、教え導かなければならないことはただ一点、この心の用心です。
   お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたし、また一日も早い復興を祈りつつ震災の日の私の話とさせていただきます。
   ありがとうございました。



長泉寺住職
奥野 成賢

平成26年3月1日(柳に雪折れなし)

   おはようございます。
   先日の文章をお読みいただいた方々から何通かお便りを頂きました。山下先生の歯科医院を紹介して下さいとか、方丈さんはもう歯医者さんに行かれましたかとか様々お便りを頂きました。嬉しく思っております。
   まず私ですが、すでに主治医の歯医者さんに行って治療中です。「虫歯の虫が這い出してくることから、啓蟄と虫歯をひっかけて文章を書いたのですね。なかなか洒落てます。」と冷やかすお便りもいただいて、うふふと笑いました。ともあれ、ホームページを覗いていただく方が増えてきてありがたいです。


   さて東風解氷の候とは言え、このたびの大雪には非常に驚かされました。皆様方のご家族やお住まいにも被害があったのではないかとお見舞い申し上げます。
   長泉寺では積雪で屋根の軒が破損する被害を被りました。ついては、皆様方にご迷惑がかからぬよう早急に復旧に努めたいと考えています。
   実は、2月17日から20日まで大本山永平寺で「曹洞宗師家会」の本山研修が予定されており、私も出席を予定しておりましたが、この大雪でやむなく欠席する羽目となって、この被害...、幸か不幸か分かりませんが、私がいたことで直ちに対応を始める事が出来、助かったと思いました。
   例年、2月、3月は、両本山初め各修行道場に新しい修行僧が入門をする季節です。高校、大学あるいは社会を出た数多くの掛搭僧(かたそう)(入門志願僧)が入門して参ります。けれど、掛搭僧が想像している以上に厳しい生活が修行道場には待っており、それに怯んでわずか2、3日ひどい人はその当日に修行をあきらめて去って行く者がいます。残念ではありますが、しかし山門は常に開いて入門者を待っています。何度でも再チャレンジして上山して欲しいと思います。
   人間、何でもやってみると後で振り返れば、あの時頑張ってよかったという事が必ずあると思います。「いまの一当はむかしの百不当のちからなり」(『正法眼蔵』説心説性の巻)という言葉がありますが、私たちの人生にはおよそ失敗も成功もなく、自分の今ある人生には必ず意味があります。大切なのは、ただ失敗するのではなく的に当てる失敗をすることです。その失敗を積み重ねることを努力と言い修行と言います。
   レヴィストロースという学者が何かの本に書いていましたが、人間はその時、退歩的と見えても、それはみんな進歩、進化している事だと述べています。目先の事で、一喜一憂しない図太い精神と困難にくじけない柳のようなしなやかな心を持ちたいものです


   ・・・行仏道の初心のとき、未練にして通達せざればとて、仏道をすてて餘道をへて仏道をうることなし。仏道修行の始終に達せざるともがら、この通塞の道理なることをあきらめがたし。
   仏道は、初発心のときも仏道なり、成正覚(じゃうしゃうがく)のときも仏道なり、初中後ともに仏道なり。たとへば、万里をゆくものの、一歩も千里のうちなり、千歩も千里のうちなり。初一歩と千歩とことなれども、千里のおなじきがごとし。
   『正法眼蔵』説心説性の巻より。



長泉寺住職
奥野 成賢

平成26年2月15日(啓蟄(けいちつ)は口の中から)

   3月6日は啓蟄です。啓蟄とは一年の二十四節の一つで、春分の日の15日前が当ります。したがって、今年は3月21日が春分の日ということになります。
   啓蟄とは、冬ごもりをして土の中に隠れていた虫が動き出す季節と言う意味で「啓」というのはひらく、拝啓の啓です。つまり土を啓(ひら)いて虫が這い出してくる意味です。
   啓蟄という言葉に対して逆に虫が土に閉じ籠もることを指す「閉蟄」という言葉もまたあります。これは冬になって虫が土の中に潜って冬を越す季節という意味です。(但し、閉蟄は二十四節にはありません。)。
   さて、この啓蟄の頃になるとなぜか私は毎年歯の痛みを覚えます。周囲の人に訊くと私ばかりでなく春先になるとなぜか歯が疼き、具合が悪くなる方もいらっしゃるようで、季節と私たちの身体は何か関係があるような気がします。
   木の芽が芽吹く頃にも体調を崩される方が多いと古老の方々から聞いた事もあります。そのように自然の命が動き出す頃、不思議に体調を崩しやすいのではないかと思います。
   ところで、篤信(とくしん)の信者さんに山下道也先生がいらっしゃいます。この方は東京で歯医者さんを開業されている先生です。先生は歯科の名医として名高いばかりでなく、私どもの曹洞宗高祖道元禅師(どうげんぜんじ)について非常に勉学をされており、とくに道元禅師が書かれた「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)洗面の巻」について深く研究をされております。
   道元禅師は真実の正伝の仏法を求めて中国に渡り、その時に非常に口臭を感じ、人様に不快な感じを与えるのは仏行に背くことであると悟りました。
   そこで「洗面の巻」を著し、「楊枝」(今の世の中で言えば歯ブラシ)の使い方、舌の磨き方まで「三千(さんぜんい)威儀(いぎ)経(きょう)」等を引用しながら丁寧に説かれました。山下先生は、自分が信心している高祖様がこのような御作法まで示しているということに驚き、道元禅師のような心構えと作法に従って現代流に口の中を清潔に維持することはできないかと研究され、口の中、特に舌を拭うシート(T-シート)を開発されました。
   そして、先生はこのシートを3年前の3月11日の東日本大震災で私たち東北人が被災し水が使えないような状態のときに自ら車を運転して被災地に届け、水がなくて歯磨き出来ない多くの方々にお配りをされました。
T-シートで口腔内を拭くだけで水を使用せずともサッパリし、清潔になるということで、幼児、お年寄り、特に女性の方々に大変喜ばれました。私たちミネ幼稚園にもおいでいただき、また山元町等いろいろなところに行かれ、避難生活をされている方々にどうぞこれを使って下さいと歩かれた姿は被災地で話題になったほどでした。
   自分の職業を通じて慈悲行・布施行を行ぜられ、まさに道元禅師のお教えに従った実践行を歯科医の白衣を着た先生が行じられた事に敬意を表するとともに、信者さんの一人であることを私は嬉しく思っています。
   話を戻しますが、前述した啓蟄の啓の字に歯と書いて「啓(けい)歯(し)」という熟語もあります。これは歯を見せるということから、笑うという意味になります。
   春は卒業・入学、嬉しい時期です。花も咲き楽しい時期でもあります。早速私も主治医の歯医者さんに行き、さわやかな口で笑顔で愛語を伝えねばなりません。ギックリ腰になったり、加齢にともなってあちらこちら身体にガタが来ていますが、還暦なりの春を迎えたいと念願しています。ありがとうございました。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成26年2月5日(涅槃会摂心(坐禅会))

   先日の節分豆まきには大勢の方々にお参り頂き、にぎやかに豆まきをさせていただきました。ご褒美のおやつは500袋用意したのですがほとんどなくなりました。ですから、それくらい大勢の方々が豆まきにおいでいただいたと嬉しく思っております。
   当日、豆まき前の挨拶の中で、私は、心の中にいる「意地悪な鬼」を追い出して仲良し福、ニコニコ福を増やそうと子供たちにお話をさせていただきました。私たちの心には良い心とイタズラな悪い心が同居しています。良い心を伸ばすことによって、悪い心の居場所を無くすことが大切です。私たちの良い心を沢山伸ばすよう豆を沢山まき、まいた種が良い花を咲かせるよう毎日正しく生きていきましょう。そのようにお話をさせていただきました。
   さて2月15日は、「涅槃会(ねはんえ)」。2500年程前にお釈迦様のお亡くなりになられたご命日です。長泉寺では江戸期の作品と言われております大きな涅槃絵図を本堂に掲げ、1日からこの15日まで釈尊最期の説法である「仏遺教経」というお経を読誦し、お参りをさせて頂いております。
   さて、ご存知かもしれませんが、長泉寺は悲しいことに明治元年に全焼してしまいました。その後、本堂は角田の臥牛城解体の材料をいただいて建て直しをさせていただくなど、お寺を復興することに様々苦心いたしました。
   現在掲げている涅槃絵図も、その掛図の裏にこの掛図は明治9年12月に三河亀蔵さんというお方が中心となり、その三河さんと長泉寺の住職、他に198名のお檀家の方々合計200名で浄財を出し合ってこれを求めたと記録されております。ですから、お参り頂くとその掛図の裏に皆様方のご先祖様のお名前が記されているかもしれません。是非お参りをいただきたいと思います。そしてお釈迦様をお偲びし、私たちの人生を省みて、毎日の生活を正しく、そして皆と助け合って生きようとお心に誓って頂きたいと思います。
   生意気ですが、このような仏縁により諸悪莫作(しょあくまくさ)・衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)・自浄其意(じじょうごい)に近づくことが出来ると信じています。
   これに合わせ2月8日から2月11日まで4日間ではありますが、涅槃会摂心、坐禅会をしたいと思っております。どうぞお気軽にご参加下さるようお待ちしています。毎晩7時から9時まで坐禅をします。その坐禅の間にお話をいたします。椅子等も準備してあり、坐禅堂も暖かです。姿勢を正しく、心静かに坐ってみましょう。
   立春を過ぎたとは言え寒さが厳しくなる時期でもあります。どうぞ、お風邪など召さぬよう健康に注意していただき、それぞれのポジションでご活躍されますようお祈りいたします。ありがとうございました。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成26年1月15日(還暦)

   私事ながら、私は昭和29年の午年生まれ。いつの間にか還暦を迎えました。馬齢を重ねるとはこういうことかと苦笑してしまいます。
   さて、午年生まれの人の守り本尊は勢至菩薩(大勢至または得大勢などとも訳される)で、阿弥陀仏の右脇侍(わきじ)として立たれ、智慧をあらわす菩薩さまであります。ちなみに阿弥陀仏の左脇侍として立たれる仏さまは観世音菩薩で、慈悲をあらわしています
   勢至菩薩は智慧の光で人々を照らし、菩提心を起こさせ、苦しむ者に無上の力を与えてあらゆる苦厄から解放するといわれています。
   長泉寺にも立派な勢至菩薩像がお祀りされています。十年程前、市内君萱にお住まいの篤信のご婦人さまより寄進されたものです。1月末日まで本堂に安置しておりますので皆様ぜひお参りされて下さい。
   昨年の第58回有馬記念レースでは、オルフェーヴルが2着馬に8馬身差をつけて圧勝。疾風の如く走り抜き、有終の美を飾りました。あやかりたいものです。
   皆様方の一層のご健勝とご発展を心よりお祈り申し上げます。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成26年1月1日(あけましておめでとうございます)

   あけましておめでとうございます。皆様おすこやかで穏やかな初春をお迎えのこととお慶び申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。
   大晦日の除夜の鐘にはたくさんの方々にお参りいただき、鐘もたくさん撞いていただきました。除夜の鐘の数は百八声と昔から言われています。煩悩の数が百八あり、それを一つ一つ潰していくのが除夜の鐘だと言われています。それで、その百八煩悩についてもっと詳しく聞かせてくださいという方もいらっしゃいますが、私にはよくわかりません。
   ところで、これは落語の話ですが、「酒は百薬の長」の百薬の数え方について何とも愉快な説があります。それは酒を飲むと笑い上戸は「わっはっはっはっ、はっぱ六十四」、逆に泣き上戸は「しくしくしく、しく三十六」、はっぱ六十四に、しく三十六を足すと百になる。だから百薬の長だというのです。
   まあいずれしろ数にこだわるのではなく、あーそういうものかと楽しくお酒を飲み、除夜の鐘も今年を振り返り新年を祈る心でたくさん撞くというのが賢い作法ではないかと思っています。どうぞお時間のある方は百八煩悩と除夜の鐘の関係についてお調べいただき、教えていただきたいと思います。
   さて昨年、南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領がお亡くなりになりました。人権主義者、人道主義者の大統領で知られていた方でしたから、大変残念なことでした。
   葬儀には世界の国々から多数の要人が参列し、その後、彼の御遺骨は故郷に葬られたと聞きました。そのニュースを聞いて、私は彼が大統領府のある首都にではなく生まれ育った故郷に葬られたことに対しある種の安堵感を覚え、あぁ幸せな人だったと思いました。
   どなたかの句に、「元日は冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし」と言う句があるそうです。新年を迎えるというのはめでたい事だけれど、この世を去る日がまた近づいたよ、毎日毎日を大切にして過ごそうよという意味と思います。
   しかし、毎日毎日を大切に過ごしていたとしてもやがてこの世とお別れする日は誰にでもやって来ます。その時であっても私が生まれ育った故郷は、いつでも平和でそして美しい世界であって欲しい。そこに私も葬って欲しいと思いながら今年のお正月をお迎えしました。
   昨年、私達が東京オリンピックの招致に浮かれている隙に、永田町では「特定秘密保護法」など、軍国主義の気配がする政治の企みがはじまっている様に思えます。武力には武力で対抗するのではなく、戦争に進まない平和の力を磨き、そして育て、平和を大切にする生き方こそが人間を救うと強く信じます。そうでなければ、我が国がネルソン・マンデラ氏の葬儀に参列した意味がありません。
   長泉寺の梵鐘には「二十一世紀平和祈念鐘」と刻印されています。大きな音で鳴り、残響の豊かな一里鐘です。平和祈念の心が遠くまで届く一年になって欲しいと思います。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成25年12月19日(鐘を撞く)

   おはようございます。毎朝6時に鐘を撞きます。撞く鐘は九声、但し、八声目は小さく、その後ひと呼吸入れてすぐに九声目を大きく撞きますから、人によっては鐘の音が八つとしか聞こえない人もいるようです。鐘を撞く間隔は2分、つまり九つ撞くのに14分とちょっとかかります。一日24時間の中の14分間は1日の約1%に相当します。けれども、このわずかな時間でも夜明けはあっという間にやってきて、みるみるあたりは明るくなります。
   まったく「光陰は矢の如し」、あっという間に時は過ぎていくとこの時ぐらい身をもって感ずる時はありません。
   ご存知の通り長泉寺の鐘楼堂は少し高い所にあり、境内の東の方角には木々もなく開けており、遠く阿武隈山脈を眺み、次第に白々と明るくなる様子はとても綺麗です。まるで毎朝、元日の朝を迎えているようで清々しい気持ちになります。今日も新しい一日を迎えられた感謝と喜びの、至福の時です。
   ところで、お寺の鐘はどなたにも自由に撞いていただける鐘でございます。これから来る大晦日の除夜の鐘だけでなく、朝は6時、夕方は5時に毎日撞いていますのでご希望の方はどうぞいらして下さい。そして、鐘をご縁にしていろんなお話しができれば嬉しいと思います。
   是非、お寺に遊びに来ていただきたいと思っております。年末年始寒い時季になります。お体に気をつけてお過ごし下さい。ありがとうございました。

   除夜の鐘・・・大晦日午後11時より~。
   紅白鐘もち(先着108家族)、甘酒、年越そばでおもてなしいたします。    (なくなり次第終了になります。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成25年12月4日(坐禅と仏膳)

   11月18日、3ヶ月90日間の全日程を終了し宗立僧堂が閉単しました。厳しい宗立僧堂の修行に参加した10名の海外僧の方々は皆ひとしく晴々とした顔をして仙台空港から成田を経て、それぞれのお国に無事帰って行かれました。
   90日の間、この長泉寺で体験されたいろいろな禅の学びをそれぞれの国で大いに発揮していただきたいと思います。
   さて、その日の夜、私は修行僧の誰か1人でもまちがって残っているのではないかと思い、真っ暗な坐禅堂にそっと扉を開けて入ってみました。当然のことながら堂内はしんとして誰もおりません。ほのかに修行僧の残り香のようなものが漂っている気配がするばかりです。その時私の心に、本当に終わったんだなぁという寂しさが一気に込み上げてきました。
   話は変わりますが、先日ある葬祭会館で葬儀がありました。祭壇には新仏となられた故人様に仏膳が供えてありました。朱塗りの立派な本膳ですが、よく見るとなんか変です。それは本来お汁を盛る椀にご飯が盛られ、ご飯を盛るべき椀にたくさんの天ぷらが載っており、いわゆる壺皿というのでしょうか丸い縦長の湯呑茶碗の型をしたその細長い椀器の中に味噌汁が入れられてお供えをしてあったからです。
   これは弱ったなぁと思いましたが、葬儀式はすでに始まっています。仕方なくその場は気づかぬふりをして、式終了後、盛付をされた若いスタッフの方を控え室にお呼びして、あれはちょっと盛り付けの器も器の配置も違うのではないかなと、お話をいたしました。すると彼女は「だってファミレスに行って定食を頼むとそのいわゆるツボの器ですか?、それに味噌汁が盛られてくるんですよ」と、キョトンとして返答し、言われてみればなるほどなぁと納得。だから間違えたのかと苦笑し、本膳料理のノウハウを駄目にしているのは彼女ではなくファミレスの責任であったかと、妙な気持ちになりました。
   つまり、修行と言うのは特別なところに行って特別なことをするのではなく、このような普通の日常生活の中でいろいろ学ぶことが本来の修行なのだとあらためて感じました。
   言うまでもなく、私たちの修行も坐禅堂の中だけにあるのではありません。日常の生活そのものが修行です。海外僧の方々も私も宗立僧堂の修行は終わりましたが、それは同時に新しい生活の修行の始まりでもあるのです。失礼いたしました。

   長泉寺には、ちょっと自慢できる美しい庭園があります。成人の日や卒業式、入学式、子どもの日、七五三、結婚記念日等々、またお見合い写真にも、是非想い出づくりのためにご利用ください。拝観料、利用料ともに無料です。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成25年11月12日(筧のしずく)

   お寺の庭には蹲(つくばい)があり、その蹲に筧から水の雫が落ちて波紋を生むようにあしらっています。筧の水は山の流れの自然水なら風情はありますが、残念ながら庭の片隅に隠してある水道のバルブで調節することになっています。
   私はポトンと一滴しずくが落ちて水面に水紋が広がり、その水紋が消えかけんとする時にまたポトンと落ちる、そう言うリズムというか波長に水流の強さを調整しています。
   ところが、庭掃除する方がその蹲を掃除する時、いったん水道の水を止めそしてまた出すのでしょう、人によって、その間隔がみなまちまちで流水のようになったり、よくもまぁ違うものだなぁと感心します。それと同時に、せっかく調整したのがまたやり直しをしなければならないのかと思うと残念でもあります。
   さてこのように、人間には人それぞれ生まれながらに心地よく感ずるリズム、波長を持っているように感じます。例えば音楽ですが、同一曲でもテンポの速いものを好む人もいれば遅いものを好む人もいる。また時代によってもテンポは異なるようで、40~50年前のベートーヴェンの『田園』などは本当にのどかな田舎を想わせるのんびりしたテンポでしたが、最近の『田園』は疾風の如く「さーっ」とあまりにも都会風になりました。これも何か私にとっては味気ないと思いますが、いずれにしても心地良く感ずるリズム、テンポ、それは人それぞれ持っている波長のような気がいたします。
   ところで、仏道の話をしますが、よく世間の人は仏道というのは仏教の一つの思想ではないかと言う人がおりますが、仏道というのは思想ではありません。
   それは仏道が宇宙の事実そのものであるからで、宇宙の事実を抜きにして仏道はありえません。この宇宙の事実の波長と自分の波長が合っているかどうか、これを見極めるのが仏道であり修行だろうと思ってやらせていただいております。ですから人それぞれに自分の波長があって、結局それで良いのですね。ちょっと変な話になりました。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成25年10月30日(宗立専門僧堂)

   現在、長泉寺を会場として8月26日から11月18日まで曹洞宗宗立専門僧堂を開催しています。海外の男性6名、女性4名都合10名、それに日本人のスタッフを合わせて20名から25名で坐禅修行を中心とする仏道修行をしています。1日4時間の坐禅を中心に、作務(掃除)をしたり、朝・昼・夕の三時の諷経、食事の調理や作法、様々な仏教の講義等を3カ月90日間、行住坐臥に亘って修行をする道場です。
   昨夜、法堂から音がするので行ってみますと二人の尼僧さんが1人は鐘を鳴らしもう1人は木魚をついて一所懸命、お経と鳴らし物の練習をしていました。そしてお互いに教え合っている姿が見られました。
   自分で学んだことを他人に教えると不思議なことに自分自身の学びも深まるそんな体感をされた方もいると思います。学んだことを人に教えることによって自分の学びが深まるこれは非常に不思議なことです。しかし私の経験上これはやっぱり本当のことだと思います。
   さて今回の宗立専門僧堂のテーマは「自己を習う」と言うテーマです。これは道元(どうげん)禅師(ぜんじ)が『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』現成(げんじょう)公案(こうあん)巻(のまき)というお示しの中で述べられているお言葉で、「仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の心身および他己の心身をして脱落せしむるなり」から頂いたお言葉です。
   仏道修行するということは自分自身を見つめ、自分自身を修行することだ、とまあ簡単に訳せばそういうことになるかと思いますが、前述したように、他人を力(鏡)とすることで、自分を見つけることができる、そのような意味にも捉えられると思います。坐禅は自分一人でする修行のように思われますが大勢の方々のお力をいただかないと出来ない。まさに「参禅は坐禅なり」(同・坐禅儀(ざぜんぎ)巻)です。
   私たちも1人で生きているわけではなくて大勢の社会の人々に助けられて生きている。そういう生き方、ありがたさを発見するというのが私たちの修行でもあり、万物の息づかいを感ずることであろうと思います。

長泉寺住職
奥野 成賢

平成25年10月12日(ねこ寺(御誕生時)にて

   10月の初め、ある研修会があり、福井県越前市武生の御誕生寺(ごたんじょうじ)に行ってまいりました。
   御誕生寺というお寺は、瑩山禅師(けいざんぜんじ)がお生まれになられた地に前の大本山総持寺の禅師様、板橋興宗禅師がお建てになられたお寺でございます。猫がたくさんおり、現在は三十人の雲水に対し八十匹の猫がいる「ねこ寺」で、私も猫好きなものですから非常に心安まるお寺です。
   そこに参りまして禅師様にご挨拶にお伺いしたところ、禅師様が私の顔を見るなり「あれ!角田の長泉寺の住職か?本物か?」と、こう言うわけです。禅師さんと私は何度もお会いをしておりますので、今さら本物の住職かと言われて私も閉口したのですけれど、これは禅で言う常套手段でございまして、即座に私は「はい、住職という職の辞令を戴いてはおりますが、本物の住職か本物の僧侶かと言われますと自信がありません」と、こう答えたら「上手いこと言うな」と、にやりと笑われました。
   修行と言う話を皆さんよくされるようですけれど、修行に参りますと最初に「あなたは何処からやってきたのですか?」と老師から大体質問されます。そこで、「私は仙台から新幹線に乗り総持寺にやってまいりました」などと返事をすると、「そうですか、それならお茶でも飲んで帰りなさい」、まあこういう具合に言われてしまいます。それは、あなたはどういう境涯(きょうがい)、すなわちどういう心境でやってきたんですかと質問されているわけです。ですからそこで「はい、私は大本山総持寺で修行する。そういう心境でやって参りました」と答えると、「そうか、じゃあちょっと修行でもしてみるか」と許されるわけです。
   さて最初の話に戻りますが、「あなたは本当の住職ですか」と質問されるのと「本物の住職ですか」と質問されるのでは、言葉は似てますけれどちょっと質問の内容が違います。「あなたは、誰々さんのお父さんですか」こう聞かれ、更に「本当のお父さんですか」と聞かれたのと「(お父さんとして)本物のお父さんですか」と聞かれたのではちょっと質問が違うことに気づかれるでしょう。私も「本物の人間」「本物の自分」になるように生きたいものだなと思いながら、禅師様とお話をさせていただき帰ってきました。


長泉寺住職
奥野 成賢

平成19年12月(五十三歳の手習い)

   鶴が大きく翼を広げたように気高く、美しく、優しい姿の本堂ができつつあります。檀信徒の皆様方とともに、この大事業の無事円成ることを祈りたいと思います。
   さて、職人さん達は毎夜遅くまでカンナの刃を研いでいました。然もその姿はみな喜々として、大変な感動を覚えました。この姿を見て、私ももっと自分自身を磨く修行を積まねばならないと発奮したのでした。「本堂だけが立派に出来上がっても中身のないガラン堂では笑われる」と思ったからです。そこで九月より、師家養成所といって、教師資格を有する僧侶を養成する修業機関に入り、一年間に九十日。それを四年。大本山永平寺や總持寺の若い修行僧に混じって座禅を中心とした修行生活を送ることに致しました。本山では毎朝三時半起床、九時就寝の生活です。正直、どこまで続けられるか自信がありませんが、何卒、ご理解をお願いしたいと思います。
   修行の糧を今後の長泉寺の運営に反映させ、檀信徒の皆様方に振り向けることができれば嬉しいと念願しております。留守中、くれぐれもよろしくお願い致します。

長泉寺住職
奥野 成賢


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