宮城県角田市にある、曹洞宗・長泉寺です。いち早く環境ISOを取り入れ、環境活動を推進しています。

平成31年3月20日・・・晴れ

お彼岸(平成31年3月20日)

    おはようございます。今日は320日。明日はお彼岸の中日です。
    朝6時の鐘を撞き、鐘撞き堂から降りて来ると「おはようございます」の声が後ろから聞こえてきました。振り向くとAさんが歩いて山門の方からやってきました。「早いですね。今日は1人ですか?」私が聞くと、「婆さんは足が痛いと言って今日はお休み」と80過ぎのAさんも足を引きずりながら歩いてきました。昨年亡くなったご長男さんのお遺骨をお寺の本堂でお預かりしているので、そのご長男さんにお会いにお参りに来たのです。
    Aさんのご長男さんは昨年10月の末に54歳の若さで亡くなりました。どういう理由があったかわかりませんが、お父さんであるAさんとご長男さんは元気なころから折りが悪く、家では親子喧嘩が絶えなかったそうです。おばあさんから話を聞いたことがあります。そうしているうちにご長男さんは家を飛び出してアパートで住むようになりました。アパートから会社に出かけ、一人で仕事をするようになったのです。そのうちにご長男さんは重い病気にかかり54歳で亡くなってしまいました。
    ご長男さんが死んでもAさんは「俺は葬式には行かない」「葬式なんかすることない。長男は俺にはむかってばかりいたのだから、家のお墓に入れることはできない。許さない」。頑固なAさんは言い張るばかりでした。そんな訳で、亡くなられてからお葬式までAさんの家族はお葬式どころではありませんでした。私にも相談を受けましたが、家庭内のことでもあり、「それであれば葬儀後、お寺でお遺骨は一時預かるから、その間いろいろ家庭内でお話をするように」そして今のような状況になったのです。ご長男さんのご葬儀の時には話の通りそのAさんは葬儀には出席しませんでした。母親であるAさんの奥さん、つまり、おばあちゃんは葬儀の間シクシクシクシク泣いていました。「息子なのに葬儀にも出ないなんてバカなオヤジだ!頭が変だ!」自分の旦那の悪口ばかり言っておりました。
    葬儀は故人の年齢が若いということで、義理固い職場の人達がみんな参列され70名ほどの立派なご葬儀だったように記憶しておきます。ご葬儀が終わり二七日頃初めておばあさんに連れられておじいさんさんがお遺骨にお参りにきました。むっとした顔で無表情。すぐに帰りました。やがておばあさんあるいはお孫さんに連れられておじいさんも何度かご本堂にお参りに来るようになりました。
     現在では10日に1度ぐらいの割合でおばあさんとお参りに来るようになりました。彼岸中と言うこともあり今日はひとりでお参りに来たのでしょう。ローソクの始末、お線香の始末が心配になり、Aさんがお参りを済ませて帰ったあと、ご本堂に行ってみますとお遺骨のところには亡くなった息子さんが好きだったのでしょう缶コーヒーがお供えされておりました。触ってみると温かい缶コーヒーでしかも飲み口が開けられておりました
 
    ラジオからは、今日も気温が上がり、暖かい春の一日になるとの天気予報の声が流れました
 
  
 
  

 
 

長泉寺住職
奥野 成賢

春が来ました。ミネ幼稚園のお友達の絵です。