宮城県角田市にある、曹洞宗・長泉寺です。いち早く環境ISOを取り入れ、環境活動を推進しています。

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五感で聴く(平成29年5月23日)

   おはようございます。
   新緑のいよいよ美しい季節となりました。朝早く目覚めてみますと色々な小鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえてまいります。鳴き声のする方を見ても鳥の姿は見えません。しかし色々なさえずりの音が聞こえて参りますから色々な種類の鳥が森には住んでいることがわかります。さえずりの声を聞いてこれはなんという小鳥の声か、どんな意味のさえずりなのか、それがわかれば楽しいし嬉しいと、そう思うことがあります。
   さて先日観音講の集いがございました。その中で「聴く」と言う字についてお話をしました。これは耳へんの聴という字、視聴覚の聴という字のお話です。耳へんに作りのほうの上には十という事を書きます。これは心のアンテナを表しています。その下の漢数字の4に見えるのは目を横にした字です。そして、その下に一、その下に心と書く。つまり耳だけではなく心のアンテナを立てて、目、心、そういう五感を一つに集中して聞くこと、これを聴くというお話をしました。
   以上は、臨床仏教研修講座で神仁先生から教えていただいた話です。ですから私たちも人とお話をする時、あるいはいろんな動物とお話をする時、また最近はやりの「傾聴」と言われる聴き方とは耳だけでなく五感を集中して聞くことです。その癖をつけてみましょうとお話をさせていただきました。心を通わす聴き方、また話し方も同様と思います。

   ですから、お墓やお仏壇やお寺にお参りした時にもただ無言でご先祖様や仏様に手を合わせるのではなく、「ご先祖様や仏様とお話をしてみましょう」「ご先祖様や仏様の声を聞いてみましょう」と言うお話をさせていただいたのです。そうすると必ず私たちはご先祖様や仏様とお話が出来、同じ境涯に立つことができて、ここに私だけが一人で生きていると言うのではない。ご先祖様、仏様の力で今ここにこうして生きている、その感謝が私たちに生まれてくるような気がいたします。

   さて名古屋にあるお寺(桂芳院)に愚痴聞き地蔵がお有りになることを知りました。お寺の片隅にその小さなお地蔵さんは静かに立っておりまして、周囲からは見えないように工夫されていたように思います。夜になると会社帰りの人などがお地蔵さんにお参りにあらわれ、座っていろいろなその日の出来事やあるいは面白くないことをお地蔵さんに向かって愚痴るわけです。人生を語るわけです。お地蔵さんのそばには柄杓があって、その柄杓でお水をかけそしてお地蔵さんに手を合わせて何かを願う人もいます。そして、ややしばらくお地蔵さんとお話をして心がすっきりとして帰られるようです。こんな愚痴聞き地蔵さんがあるお寺の様子を何年か前にテレビで拝見しました。
   このようなお地蔵さんが長泉寺にも来て欲しいと思っておりますが、まだ愚痴聞き地蔵さんは長泉寺にはおいでになっておりません。
   「仏仏不言」と書いて、ぶつぶつ言うなと言いますが「仏仏言う(ぶつぶついう)」こともまた大切な事だと思います。



長泉寺住職
奥野 成

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今回の展示は、関根光次さんの油絵です。

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