宮城県角田市にある、曹洞宗・長泉寺です。いち早く環境ISOを取り入れ、環境活動を推進しています。

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平成29年12月13日

貪らない(平成29年11月30日)

  おはようございます。
  六月より長らくのお休みをいただいていた長泉寺の梵鐘ですが、ようやく撞木の修理が完了し、再び皆様へ鐘の音をお届け出来るようになりました
  11月25日の夕方5時から調整のための鐘撞きを再開し、12月1日朝6時より正式に朝夕の鐘を鳴らす事といたします。毎年恒例の大晦日除夜の鐘は12月31日午後11時からとなります。昨年同様、多数の方のご来山ご参加をおまち申し上げます。

  なお、新しい撞木は坐禅堂屋根瓦工事に伴い伐採された、いわゆる道悟桜の幹を利用したものです。梵鐘の一音、一響、その桜を知る者にとっては感慨深い音色となることと思います
  さて、私事ながら秋頃より体調がすぐれず、お檀家の皆様には元気なそぶりで接する努力をしている一方、午後には体力の風船がしぼむように布団に横になる生活が続いています。加齢と言えばそれまでですが、何とも情けないことです。
  今回は、次の文章を引用させていただき、読者の皆様のお許しをお願いするばかりです。

  布施とは施すことと思っていたが、貪らないことだという。布施するときの心の深みをのぞいてみよう。
  例えば初詣で。お賽銭を投げながら頼みごとだけ山ほどしていないか。何かの寄付をする。寄付者名や寄付額が発表されるかされないかで、寄付額が大きく変わる。寄付とひきかえに名誉を買っていることになっていないか。車中で席をゆずることさえ、「ありがとう」の一言の礼を期待している。まぎれもなく貪りの心である。

  一歩進めて「貪らずとはへつらわざるなり」と説かれる。貪りの心の奥にわが身かわいい思いが居すわり、そのためのへつらいである。諂笑といって、笑うことにさえへつらいがまじりこむ。道元禅師はそこを見逃さない。禅師の秀徹した眼に照らされ、こころして新しい年を迎えたい。

青山 俊董 著『あなたに贈る 人生の道しるべ: 続・ことばの花束』(春秋社)より

青山老師は愛知専門尼僧堂堂長。曹洞宗師家会会長





 

長泉寺住職
奥野 成





今回の展示は、関根光次さんの油絵です。